どんなストーリーも連れていくよ
04 組みかけの模型なくして湖のほとりに立てば深まるみどり

 なかったことにしよう。
 ベンチに腰掛けた僕にモモはそう告げて目を細めて口角を上げて、そうして微笑む。何度だって励まされたことがある。その表情をしたモモに「大丈夫、なんとかなるよ」と。
 モモも座りなよ、と言いそびれてしまったから、僕はまた言葉を探し始める。
「やり直そうよ。オレも忘れるからさ。ここまでのこと、全部」
 街灯に照らされた彼の笑顔はそれでもおそらく、これまで与えられてきたものよりは翳りを含んでいるものなのだろう。今はこれがモモの精いっぱいで、そうさせたのは僕らしい。
 日付を越してしばらく経つ夜更けの公園に人の姿はない。陽が暮れるまで降り続いていた大雨の名残だけが濃く佇んでいる。
「ありがとうって、言ったほうがいい?」
 頼まれたら言える気がしたのだ。モモがそうしてほしいと言うならそうしたい僕だから。
 なのにモモの表情は今にもひび割れそうに歪んだ。湖に張った薄氷を踏んで割ってしまったような、そうして抗えず落ちた冷水に頭の先まで突き落とされたような、居心地の悪い感触が僕を侵食する。モモがいるとすごく難しい。最近は特に。彼を大切に想う強さは嘘でも偽物でもない。にもかかわらず、僕はとても容易く間違えてしまう。
「ユキはさ」
 立ちっぱなしで話をしないでほしかった。屋根の下にひとつだけ置かれていたこのベンチは濡れていないのだから、それなら隣に座ってほしい。
「なに?」
「オレを選ぶんだよね」
 澄んだ夜風が並んだ木の葉を一斉に揺らす。高く乾いた音に紛れなかったモモの低い声が僕に影を落とし続ける。涼しいはずなのにむせかえる湿気のせいで息まで苦しく、それはきっとモモも同じなのに決して分かち合えない。
「答えは二択だよ。しかも、すごくシンプルな話だ」
「そうね」
「……ごめん」
 背中を向けて立ち去ろうとするから手首を掴む。今まで幾度も簡単に振り解かれてきたはずのその力でモモを捕える。弱々しさを取り繕いもせずに、彼はすでに泣いている。
「選ばせたくない、オレだって。あんたが何を大事に思おうがその上でどうしようがあんたの勝手だ」
「モモ」
「オレにはどうにもできないんだよ」
「僕を好きなんでしょう」
 胸に抱けばますます嗚咽を漏らす。背中を撫で下ろせば泣き声が激しくなる。末端の神経が徐々に焼き切れて思考が止まっていく。モモをいちばん大事にしたい僕に引き戻される。こんな時に思い出せば言葉を見失うくらいに、モモとの記憶は煌びやかで温かい。手放せないのはもちろん僕だって同じだった。
「好きだよ、ユキが好き。信じられないぐらい幸せだったし、失くしたくない」
「僕もだよ」
 小さくて逞しくて熱くて脆い身体だ。僕を芯にしてこの子は立っている。わかっているからそう言わずにはいられなかった。しがみつくように抱きしめられる。ふたつの身体の間で燻る熱は冷えた夜風にもさらえない。どうしようもなく僕らは大事に抱え続けることしかできない。
「マジで、最低……」
 それきりひとつも心を許されることはないまま、なおも胸を濡らし続ける彼に与えられる言葉をもう持っていなかった。だから彼を抱きしめていた。それしかできることがなかったから、いつまでもそうしていた。