どんなストーリーも連れていくよ
03 ユキバン モブがいる



「服ぐらい脱げば」
 投げた声を歪に壁は跳ね返した。高い喘ぎ声をしとやかに吸い続けていた白い壁紙を、笑うように無情に響く。
「……は?」
 媚びていない悲鳴が響いたのはその直後で、僕と万はその音の中で冷たく視線を交わした。

「おまえ流石に本気でありえないし次から絶対来る前に連絡しろ」
「合鍵渡してる時点で想定済みだろ。呑気にセックスしてたおまえが悪い」
「俺の家だろ、ここは」
 単身者用のつくりをしている脱衣所でせせこましく身体を押し込んでかわす言い合いも馬鹿馬鹿しい。こびりついて消えないのだ。雑に制服のズボンだけが脱ぎ捨てられたベッド、女を後ろから覆って振られていた腰も喘ぎ声も粘着質な音だけが存在する空間も、むしろ過ごし慣れていて居心地のいいものであるはずなのに、僕は腹が立っていたし、それでいて無性に熱をかき立てられていた。
「ていうか帰れっつってんだよ」
「付き合ってる女?」
「当たり前だろ」
「なにまともぶってるの」
「おまえよりはまともだ」
 甲高い悲鳴があまりに耳障りだったのか、単調な喘ぎ声も混ざりあって不快に鼓膜の中で巡り続けている。うるさいなと声にした。おまえなあとまた僕を責めだそうとした万の口を塞ぐ。抵抗しようと唇に歯を立てられかけて、その前に噛み返す。
「むかつく……」
 放ち方のわからない知らない欲はそうしているうちにも膨らんでいく。制服のズボンの上から直に万のものを撫でる。いい加減にしろと髪を掴んで僕を引き剥がした頬は赤かった。下着を見つけることもできなかったらしい。そんなに見られたくなかったの、と呟く。あの女に見せてない顔、僕にはたくさん晒してるくせに。
「千、いい加減に」
「もう勃ちかけてる。発散できないまま萎えさせられて可哀想」
「誰のせいだよ」
「セックスしたい。今、ここで」
「無理」
「じゃああの女でいいか」
「は?」
「むしろ僕向きの子じゃない? 万のタイプじゃないでしょ」
 チャックを下ろして中に突っ込んだ手がぬめる。上を向いた性器が苦しそうで「タイプの子ばっかり好きになるものでもないだろ」とそれでもぼんやり返ってきた言葉がやっぱり気に食わなかった。 万が知らない僕は多分いないのに、彼が当然のようにそんな面を所持していることに。
「舐めてよ」
「……は」
「このままいきたかった? それはごめん」
「うるさ……もういいよ。帰してくるからちょっと待ってろ」
「黙って舐めて。じゃないとあの女を犯す」
 おまえマジでたまに信じられないぐらい面倒くさいな、と万がしゃがみこむと同時に口に突っ込んだ。ばんりくん、と控えめに返す女の声がリビングから響いてくる。図々しくこっちにやってくる足音も。
「……っぐ、ん、ぐ……」
「帰っていいよ。無駄足ご苦労さま。もう二度と来なくていい」
「千くん……こんなところで言うのもなんだけど、あたしほんとに千くんのこと好きで……」
 度を越して喉を突きすぎたらしい。太ももを殴られる。喉の奥から笑いが込み上げて、うっかり抽挿が止まる。
「……だって、万」
「違うの、万理くんのこともちゃんと」
「帰れって。僕らはどっちも君のこと穴としか」
 また殴られて、馬鹿馬鹿しくなって語尾が消える。目の前の快感に集中する。 女の気配はいつの間にか消えて、僕はやっと肩の力を抜いている。腰を振って執拗に口内を犯すのもやめにして、万の舌が這うままに任せて、それからすぐに出した。
「おまえマジで……」
「するんでしょ。準備手伝う?」
「そんな気分じゃない」
「ちゃんと抜いてあげなきゃ可哀想でしょ」
「いいってもう、マジで」
 言い合いながら踏み込んだ浴室のタイルは冷たかった。素直に押される万の身体はあの女に与える分よりよっぽど濃く強く僕に甘くて、それなのにまだ消えない。あのときたしかに彼女に欲情してた万の背中が。

ないない