00 ニュアンスすぎる つづき もういい だけを告げられて背中を向けられてしまうといよいよ彼がどうしてほしかったのか探ることは困難になる。レースカーテンから射し込む日光が百さんの背中を照らしていた。それはいつもならとても柔らかい景色で、カーペットが気持ち良すぎるとうっかり眠り込んでしまう彼の影を実は愛おしく思っていたことだってこの段になってようやく気づく。そのときとは真逆の表情を浮かべている百さんを前にして。 「もういい、と思ってるわけではないんだろ」 「思ってるから言ってんの。もういい。帰る」 「帰るって、だって一日休みなのに、もうか?」 「帰ってほしくないの」 強く睨まれる。期待というよりは明らかに憤怒で。怒られると、いつも心細くなるからあまり得意じゃない。泣かれても怒鳴られても、その先にあるのはほとんどが放棄だった。そしてまた塵を払うようにその記憶を手放して、気付けばいつも通りに次の日の朝日に塗れているのだ。 「帰りたいんだな」 「なんでそんなに」 わかってくれないの、と続いた語尾が濡れていく。 「なんで泣くんだ……」 袖で拭うと素直に拭われている。てっきり振り払われるかと思っていたのに。熱で熟れきった頬はむしろ健康的で、知っている百さんだ、と安心する。嬉しいも楽しいも剥き出しで俺に笑顔を向ける百さんと、同じ百さん。 「泣いたり怒られたりだけだと、なにをしてほしいのかわからなくなる」 「オレは逆に虎於がどうしたいのかわかんないよ」 優しくしたほうがいい? と尋ねられる。やっぱりその言葉の意味がわからない。だから肩を寄せた。応じるようにもたれかかる短い髪が首筋をくすぐる。 「オレばっかりな気がしちゃう。いつも余裕ですましちゃってさ、やっぱ根が素直だからほんとにそうなんだなーってわかってほっとしたりするけど、……ねえ、恥ずかしいこと訊いていい?」 「なんでも訊けばいい」 「虎於って、ほんとにオレのこと好きなの?」 好きだ、と言うべきだ、と反射信号が出るまでの一瞬を見過ごさないのもまた百さんらしかった。口を開けかけたときには既に拗ねている。 「いっそ笑ってくれたらまだ救われるよ。なんでそこで黙っちゃうかなあ」 しょうがないなという角度で百さんはすでに苦笑いを浮かべている。本当にどうすればよかったのかはおかげで靄の中に溶けて消えて、抱き締めれば許されて、甘く受け止められるから安心する。 ないない とらもも 2025/02/16(Sun)
もういい
だけを告げられて背中を向けられてしまうといよいよ彼がどうしてほしかったのか探ることは困難になる。レースカーテンから射し込む日光が百さんの背中を照らしていた。それはいつもならとても柔らかい景色で、カーペットが気持ち良すぎるとうっかり眠り込んでしまう彼の影を実は愛おしく思っていたことだってこの段になってようやく気づく。そのときとは真逆の表情を浮かべている百さんを前にして。
「もういい、と思ってるわけではないんだろ」
「思ってるから言ってんの。もういい。帰る」
「帰るって、だって一日休みなのに、もうか?」
「帰ってほしくないの」
強く睨まれる。期待というよりは明らかに憤怒で。怒られると、いつも心細くなるからあまり得意じゃない。泣かれても怒鳴られても、その先にあるのはほとんどが放棄だった。そしてまた塵を払うようにその記憶を手放して、気付けばいつも通りに次の日の朝日に塗れているのだ。
「帰りたいんだな」
「なんでそんなに」
わかってくれないの、と続いた語尾が濡れていく。
「なんで泣くんだ……」
袖で拭うと素直に拭われている。てっきり振り払われるかと思っていたのに。熱で熟れきった頬はむしろ健康的で、知っている百さんだ、と安心する。嬉しいも楽しいも剥き出しで俺に笑顔を向ける百さんと、同じ百さん。
「泣いたり怒られたりだけだと、なにをしてほしいのかわからなくなる」
「オレは逆に虎於がどうしたいのかわかんないよ」
優しくしたほうがいい? と尋ねられる。やっぱりその言葉の意味がわからない。だから肩を寄せた。応じるようにもたれかかる短い髪が首筋をくすぐる。
「オレばっかりな気がしちゃう。いつも余裕ですましちゃってさ、やっぱ根が素直だからほんとにそうなんだなーってわかってほっとしたりするけど、……ねえ、恥ずかしいこと訊いていい?」
「なんでも訊けばいい」
「虎於って、ほんとにオレのこと好きなの?」
好きだ、と言うべきだ、と反射信号が出るまでの一瞬を見過ごさないのもまた百さんらしかった。口を開けかけたときには既に拗ねている。
「いっそ笑ってくれたらまだ救われるよ。なんでそこで黙っちゃうかなあ」
しょうがないなという角度で百さんはすでに苦笑いを浮かべている。本当にどうすればよかったのかはおかげで靄の中に溶けて消えて、抱き締めれば許されて、甘く受け止められるから安心する。
ないない